• 弁護士山越のつぶやき vol.5~ブラックジャックは何故治療できないか?③~
  • 投稿日:2016年3月8日

 

 私は、以前、極めて珍しく無罪の判決をもらったことがあるのですが、その事件も「一般化の論証」に関わっていました。簡単に言えば「リサイクル業は、許可を得なければやってはいけないか? 許可を得ずにやったらどうなるか」という事件でした。リサイクル業は、それ自体なら良い行為でしょうが、濫用されるので廃掃法で「廃棄物の処理」として許可制になっており、許可がないとできませんし、処罰されます。裁判では、廃棄物とは何かということが問題になりましたが、「どういう物の、どういうリサイクルならきちんとリサイクルできるか」が問題になりました。つまり、「その行為自体の有用性が確立できていて、世間がまねても悪くならない」という「一般化の論証」との限界を画する事件だったと思います。また、その行為が悪用されないためには、明確な一線が引けなくてはならないでしょう。この辺が難しいところです。

 

 また、廃掃法関連で他の例をあげれば、当然廃棄物をみだりに「捨て」てはいけないのですが、どういう行為が「捨てる」に当たるのかも、似た問題です。その行為自体は大して悪くなくても、一般人が真似たらそれこそ「ちりもつもれば山になり」環境破壊になるか、その行為を言い訳として悪用されたら大変なことになります。したがって、その行為が大した行為であるだけでなく、悪用されない線引きができるか、が判断基準になるように思います。

 

 次は、他の事案でさらに考えてみます。

 

弁護士 山越 悟






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